Last Updated on 2025年12月18日 by 受験おじさん
「一生懸命勉強して、いい大学に入る意味って本当にあるんですか?」
最近、受験生やその親御さんから、こんな相談を受けることが増えました。
無理もありません。
SNSを開けば、タイムラインにはこんな言葉が溢れかえっています。
- 「大学なんてオワコンだ」
- 「大学に行くくらいなら、すぐに働いた方がマシ」
- 「AIが発達すれば、ホワイトカラーの仕事はなくなる。大卒の資格は紙屑になる」
いわゆる「大学不要論」です。
昔からある議論ではありますが、情報の民主化が進んだ今、成功したインフルエンサーや若手起業家がこういった発言をすることで、その声はかつてないほど大きく、鋭く、受験生の心に刺さっています。
特に、研究職や技術職に直結する理系に比べ、営業や事務系職種が多い「文系」は、この批判の標的になりがちです。
- 「営業なんて実力主義なんだから、学歴関係ないでしょ?」
- 「マーケティングなんて、大学の講義より実践で学んだ方が早い」
そんな言葉を聞くたびに、机に向かう気力が削がれてしまう。
もしあなたが今、そんな不安を感じているのなら、この記事を読んでほしいと思います。
40代になった私が、社会の現実を見て痛感している「大学が必要な本当の理由」を、以下の2つの視点でお話しします。
- 実用性(スキルや思考力はどう磨かれるか)
- 信用力(社会はあなたをどう評価するか)
これは、綺麗事抜きの「大人の本音」です。
1. 実用性:大学でしか手に入らない「思考の実験場」
まず一つ目のテーマは「実用性」です。
「大学で習ったことなんて、社会に出て一度も使わなかった」 こう語る大人は多いですが、それは「知識」という表面的な部分しか見ていない人の言葉です。
大学における実用性の本質は、知識そのものではなく、知識を使ってどう課題を解決するかという「プロセス」にあります。
理系に見る「圧倒的な実用性」の正体
実用性について考える時、理系学部は非常にわかりやすい例です。
私の友人に、工学部出身の男性がいます。
彼の大学時代の研究テーマは「熱」でした。
金属加工の現場において、切削や研磨をする際に発生する「熱」は、製品の精度を落とす大敵です。
彼は、コストを最小限に抑えつつ、最も効率的に熱を逃す加工プロセスをひたすら研究していました。
彼は今、その知見を引っ提げて大手機械メーカーに就職し、最前線で活躍しています。
この事例を見て、「大学なんて不要だ」と言える人はいないでしょう。
金属加工の理論、仮説検証のプロセス、そして何より、個人では到底用意できない高価な実験設備と、先端を行く教授陣の指導。
これらを独学やYouTube、あるいはAIとの対話だけで習得することは不可能です。
インフラやモノづくりを支える理系の学びは、疑いようもなく「実用的」であり、大学という環境なしには成立しません。
文系にとっての「実験」とは何か?
問題は、批判の矢面に立たされやすい「文系」です。
私の出身である経営学部もそうですが、確かに「経済学」や「文学」を学んだからといって、翌日から会社の売上を爆発的に伸ばせるわけではありません。
多くの文系学生は、自分の専攻とは全く関係のない業界に就職します。
「じゃあ、やっぱり文系大学なんて意味ないじゃないか」
「実務は現場で覚えるんだから、4年間もモラトリアムを過ごす必要はない」
そう思うかもしれません。
しかし、私はここで断言します。
文系学生もまた、大学という場所で高度な「実験」を繰り返しているのだ、と。
理系が試験管や巨大な工作機械を使って実験するように、文系は「社会」や「論理」を使って実験を行います。
難関大学の学位を取るプロセスが正にそうです。
それは、正解のない問いに対し、膨大な文献を読み、仮説を立て、教授や仲間と議論を戦わせ、一つの論理的な結論(論文)を導き出す作業の連続です。
機材こそ使いませんが、これは立派な「思考のシミュレーション実験」です。
商店街での実証実験:大学の看板という武器
具体的なケーススタディをお話ししましょう。
私の大学時代、大学の近くにある商店街と連携したプロジェクトがありました。
「学生限定のポイントカードシステムを導入することで、シャッター通りになりつつある商店街の売上を回復できるか?」という社会実験です。
これは、単なる学生の思いつきや、個人のボランティアでは実現不可能です。
「大学の研究室としての取り組み」という看板(信用)があり、指導教官という後ろ盾があったからこそ、商店街の大人たちも協力し、データを検証させてもらえたのです。
- 現状の課題を分析する
- 仮説を立てる(ポイントカードで学生の回遊性は高まるはずだ)
- 実行してデータを取る
- 結果を検証し、次につなげる
このサイクルを、失敗が許される学生のうちに、優秀な仲間や専門家と共に何度も回す経験。
これこそが、社会に出てから最も求められる「体系化された問題解決能力」です。
AIは「答え」らしきものは出してくれますが、「問い」そのものを立てたり、生身の人間を巻き込んでプロジェクトを動かしたりすることはできません。
優秀な人間が集まるキャンパスで、摩擦を恐れずに思考を巡らせる。
その泥臭い経験こそが、文系における最強の「実用性」なのです。
【経済的視点】コストとリターンの現実的な比較例
口で「役に立つ」と言うよりも、数字を見ていただいた方が早いでしょう。
文系大学、特に国立大学に進学することが、いかに「ローリスク・ハイリターン」な投資であるかを示すシミュレーションの例です。
| 項目 | 国立大学 (文系) | 私立大学 (文系) | 専門学校 | 高卒就職 |
|---|---|---|---|---|
| 初年度納付金 | 約82万円 | 約130万円〜 | 約100〜150万円 | 0円 |
| 4年間学費合計 | 約250万円 | 約400〜500万円 | 約200〜300万円(2年) | 0円 |
| 生涯賃金推計 | 約2.7〜3億円 | 大学ランクに依存 | 約2.1〜2.3億円 | 約2.0〜2.2億円 |
| 主なメリット | 学費最安、信用力大 | 設備充実、サポート | 即戦力スキル | 早期の社会経験 |
| 主なリスク | 受験難易度が高い | 学費高、定員割れ懸念 | 大卒資格なし、転職不利 | 昇給幅が小さい |
ご覧の通り、国立大学は「最も安いコスト」で「最大のリターン(生涯賃金・信用)」を狙える選択肢の一つと言えます。
これが、私が親御さんに国立を勧める経済的な理由です。
2. 信用力:ビジネスを加速させる「最強のショートカット」
大学が必要な理由の2つ目。それは「信用力」です。
「生きていく上で、一番大事なのは信用だよ」
これは私が子供の頃、母によく言われた言葉です。
当時は「嘘をつかないこと」くらいの意味にしか捉えていませんでしたが、40代になり、ビジネスの修羅場をくぐり抜けてきた今、この言葉の重みを痛感しています。
ビジネスの世界には「Time is Money(時は金なり)」という冷徹なルールがあります。
そして、この時間を最も奪うのが「他人を信用していいかどうかの見極め」です。
学歴は「確率論」の証明書
あなたが企業の採用担当者、あるいは大きなプロジェクトの発注責任者だと想像してください。
目の前には、全く初対面の二人の人間がいます。
- Aさん:学歴不問、実績不明だがやる気はある人
- Bさん:難関国公立大学卒、論理的な受け答えができる人
限られた時間で、どちらかに重要な仕事を任せなければならないとしたら、あなたはどちらを選びますか?
十中八九、Bさんを選ぶはずです。
これは差別ではありません。
ビジネスにおける「確率論」です。
人に仕事を依頼する時、最も恐れるのは「期待通りの品質で、期限までに実行してくれるか?」という不安です。
この不安を払拭するために、私たちは相手の背景を探ります。
しかし、全員と何ヶ月も付き合って性格を見極める時間はありません。
そこで機能するのが「大学名」というショートカットです。
- 「このレベルの大学に入学できたということは、嫌なことでも逃げずに努力できる『忍耐力』があるはずだ」
- 「複雑な入試問題を突破したのだから、論理的な『処理能力』は担保されているはずだ」
私はE判定から必死に勉強して合格したのでわかりますが、難関大学への合格は、自分自身に嘘をつかず、長期間の努力を継続しなければ絶対に掴み取れません。
その大学の卒業証書を持っているということは、「私は一定の努力と課題解決ができる人間です」という事実を、第三者機関が証明してくれているのと同じなのです。
ビジネスの現場では、瞬時の判断が求められます。
その際、名刺代わりとなる「信用」があるかないか。
この差は、皆さんが想像している以上に、生涯年収やチャンスの数に直結します。
「2026年問題」以降も生き残る大学とは?
さらに、これからの時代、もっとシビアな視点が必要です。
それは「その大学は、あなたが卒業する時まで存続しているか?」という問いです。
18歳人口が急減する「2026年問題」により、定員割れの私立大学は経営が困難になり、淘汰されていく時代に入りました。
母校がなくなってしまうことは、履歴書上の「信用」において大きなリスクです。
その点、国が運営基盤を支えている国立大学は、経営の安定性という意味で圧倒的な「信頼性」があります。
「偏差値」や「ブランド」だけでなく、「倒産リスクの低さ」という企業の信用調査のような視点で大学を選ぶことが、あなたのキャリアを守ることにつながるのです。
「大学不要論者」の矛盾
最後に、少し意地悪な視点を提供しましょう。
SNSで「大学なんて意味がない」「学歴なんて関係ない」と声高に叫んでいる実業家やインフルエンサーの経歴を、よく見てみてください。
彼らの多くが、実は高学歴であったり、「〇〇大学中退(起業のため)」といった肩書きをプロフィールに記載していませんか?
もし本当に大学が不要で、過去の遺物だと思っているのなら、なぜ彼らはその経歴をわざわざ公表するのでしょうか?
答えは簡単です。
「大学に行っていた(行けるだけの能力があった)」という事実が、彼らの発言の信用力を高めることを、彼ら自身が誰よりも熟知しているからです。
「東大卒の私が言う『学歴は無意味』」と、「勉強から逃げてきた私が言う『学歴は無意味』」。
どちらが世間に受け入れられるかは、火を見るより明らかです。
彼らはその信用力を利用して、ポジションを確立しているのです。
結論:迷うな、そのペンは「自由」への鍵だ
AIの進化やSNSの普及により、生き方は多様化しました。
大学に行かなくても成功する人はいますし、大卒の肩書きだけで一生安泰な時代でないのも事実です。
しかし、だからといって「大学に行く価値」が下がったわけではありません。
むしろ、情報が溢れ、何が本当かわからない今の時代だからこそ、「体系化された知恵(実用性)」と「社会的な信頼(信用力)」を持つ人材の希少価値は高まっています。
受験勉強は、苦しいです。
「こんなことをやって何の意味があるんだ」と叫びたくなる夜もあるでしょう。
でも、安心してください。
あなたが今、机に向かって積み上げているその時間は、決して無駄にはなりません。
それは将来、あなたが何かを成し遂げたいと思った時、あなたを助けてくれる最強の武器になります。
そして、あなたを信頼してくれる仲間やチャンスを引き寄せる磁石になります。
外野のノイズに惑わされないでください。
「大学に行く」という選択は、あなたの人生の選択肢を広げ、自由を手にするための、最も確実でコストパフォーマンスの良い投資です。
さあ、スマホを置いて、ペンを握りましょう。
あなたの春は、もうすぐそこまで来ています。


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