Last Updated on 2025年12月18日 by 受験おじさん
未来の受験生への「バトン」
本記事は、今から約20年前、偏差値50の地方高校生だった私が、1年間の浪人生活を経て横浜国立大学にトップ合格するまでの「実体験」を記録したものです。
時代は変わっても、何かに本気で挑み、壁を乗り越えるための「本質」は変わりません。
この記録が、孤独や不安と戦っている受験生の皆さん、そして彼らを支える親御さんにとって、「逆転合格をつかむための小さなきっかけ」となれば、これ以上の喜びはありません。
【浪人直前期】「このまま地方で終わりたくない」センター試験の自己採点で絶望した夜、私が親に懇願して「寮」を選んだ理由
序章:終わりの始まり
今でも鮮明に思い出せます。
高校3年生の1月、センター試験(現在の共通テスト)が終わった直後のあの空気感を。
多くの受験生にとって、高2の後半から徐々に受験モードに入り、高3で本格化する受験勉強。
私も例に漏れず、地元の進学校という環境の中で、それなりに一生懸命やってきたつもりでした。
「センターまでは基礎を固めて、しっかり点数を取ろう」 そう意気込んで臨んだはずの本番。
しかし、自己採点を終えた私の目の前に広がっていたのは、「第一志望・横浜国立大学との絶望的な距離」でした。
これは、地方の平凡な高校生だった私が、一度の敗北を経て、環境と戦略を総入れ替えし、横浜国立大学にトップ合格するまでの全記録の始まりです。

【現実】100点以上の乖離が突きつけた「E判定」
「惜しい」ですらなかった残酷な結果
マーク式の試験というのは残酷なほど正直です。
記述式と違って自己採点とのズレがほとんどありません。
震える手で電卓を叩き、配点表と照らし合わせた結果、私はある事実を突きつけられました。
「全然、届いていない」
当時、横浜国立大学のボーダーラインは約8割。
しかし、私の手元の集計は、そこから程遠い数字でした。
もしこれが、あと10点、20点の差であれば、「二次試験(記述)で挽回してやる!」という気概も生まれたかもしれません。
しかし、現実はもっとドライでした。 合格ラインとの差は、優に100点以上。
それは、「頑張ればなんとかなる」という精神論が通用するレベルを超えていました。
「あ、これは無理だ」 頭の中にあった淡い希望が、音を立てて崩れ落ちるのが分かりました。
突きつけられた「地方残留」という選択肢
担任との面談やデータリサーチの結果、私が現役で合格できる大学のラインが明確になりました。
それは、偏差値50〜55程度の、地元の国公立大学。
もちろん、地元の大学が悪いわけではありません。
しかし、当時の私にとって、それは「妥協」以外の何物でもありませんでした。
「このまま、この点数で行ける大学に行って、この地方で一生を終えるのか?」
1月の末、周りの推薦組が卒業旅行の計画で浮き足立つ教室の隅で、私は一人、重たい現実と向き合っていました。
【動機】なぜ「横浜」でなければならなかったのか
「東京はゴミゴミしている」田舎者の直感
ここで少し、正直な話をさせてください。
私がなぜ、そこまでして横浜国立大学にこだわっていたのか。
「学びたい教授がいたから?」「カリキュラムが魅力的だったから?」 いいえ、そんな高尚な理由は、当時の私には1ミリもありませんでした。
理由はただ一つ。「都会に出たかったから」です。
私は西日本の田舎で育ちました。
周りの友人は、大阪や神戸、京都といった関西圏の大学を目指すのが主流でした。
でも、私はひねくれ者だったのか、「どうせ出るなら関東に行ってみたい」という憧れがありました。
一度、東京に行ったことがあります。
その時の印象は、「肌に合わない」でした。 人が多すぎて、ゴミゴミしていて、何だか息苦しい。
「東京はちょっと違うな」 そう思った私の目に留まったのが、「横浜」でした。
港町で、洗練されていて、オシャレなイメージ。
「東京ほどゴミゴミしていないけれど、間違いなく都会」 そんな直感的な、ある種不純な動機が、私の原動力でした。
親の条件は「国公立限定」
さらに、我が家の経済状況的な条件もありました。
「私立大学には行かせられない。行くなら国公立だけ」 田舎の親らしい、堅実な教育方針です。
首都圏で、国公立で、オシャレな街にある大学。
そうなると、必然的にターゲットは絞られます。
そして、首都圏の国公立大学はどこもレベルが高い。
私の実力と理想の間には、埋められない溝がありました。
それでも、私はこの「都会への切符」を諦めることができませんでした。
「ここで地元の大学に行ったら、一生後悔する」 その思いだけで、私は「浪人」という道を選びました。
【戦略】なぜ「自宅」ではなく「寮」を選んだのか
自分の「弱さ」を完全に見切っていた
浪人を決意した私が次に直面したのは、「どこで勉強するか」という問題でした。
選択肢は二つ。
「自宅浪人(宅浪)」か、「予備校」か。 さらに言えば、予備校に通うとしても、「自宅から通う」か、「寮に入る」か。
私は迷わず、「地元を離れて、寮に入る」ことを選びました。
地元には大手予備校がなかったという物理的な理由もありましたが、それ以上に、私には自分自身に対する深い不信感がありました。
私は、「流されやすい人間」です。
もし、自宅から予備校に通ったとしたらどうなるか?
想像するのは容易でした。 地元の図書館や予備校に行けば、気心の知れた高校時代の友人がいます。
「ちょっと休憩しようぜ」となれば、そのまま雑談に花が咲き、気づけば数時間が経過しているでしょう。
人の動向が気になり、勉強に集中できない自分の姿が手に取るように分かりました。
「犬」ですら言い訳にする自分
さらに、家にはもっと強力な誘惑がありました。 家族、そして飼っていた「犬」です。
「今日はちょっと疲れたから、犬の散歩に行ってこよう」 「親に呼ばれたから仕方ない」 自宅にいれば、勉強しないための「正当な言い訳」が無限に見つかります。
意志の弱い私が、そんな環境で1年間、孤独な受験勉強に耐えられるはずがありません。
「環境を変えなければ、私は絶対に変われない」
そう確信した私は、誰も私のことを知らない土地、誘惑の一切ない環境に身を置くことを決意しました。
それが、「予備校の寮」という選択でした。
【交渉】「財布」を握る母への直談判
「あんたに寮なんて無理」という一蹴
しかし、寮生活には莫大なお金がかかります。
予備校の授業料に加え、寮費、食費。 私は両親に頭を下げました。
「横浜に行きたい。そのために、地元を離れて寮に入らせてください」
当初、親の反応は冷ややかでした。
「寮っていうのはね、元々成績が良い子が、さらに上を目指して入るところなのよ。あんたみたいに意志が弱い子が、いきなり厳しい寮生活なんて無理でしょ」
正論でした。
入ろうとしていた寮には、入寮試験(選抜試験)がありました。
「そもそも、その試験に受かるの?」 痛いところを突かれました。
覚悟の入寮試験
我が家の財布の紐を握っているのは、母親でした。
私は食い下がりました。 「もし、その入寮試験に合格したら、行かせてくれませんか」
私の真剣さが伝わったのか、あるいは「どうせ落ちるだろう」と思われたのか、母は条件付きで承諾してくれました。
「わかった。試験に受かったら考えてあげる」
そこからの数週間、私は必死で勉強し、なんとか入寮試験をパスしました。
合格通知を手にした時、母は驚いた顔をしていましたが、約束通り、大金が動く決断をしてくれました。
【結び】退路を断った春
3月。私は必要最低限の荷物を持ち、住み慣れた実家を後にしました。
西日本の田舎から、誰も知り合いのいない予備校の寮へ。
「もう、後戻りはできない」
親に大金を出させ、地元を捨てるようにして選んだ浪人生活。
もしこれで落ちたら、私には帰る場所がない。 そんな悲壮な決意と共に、私の寮生活は幕を開けました。
おじさんのワンポイントアドバイス
「やる気」に頼るな、「環境」に頼れ!
多くの受験生が「今年は本気出す!」と意気込みますが、人間の意志力なんてたかが知れています。
特に私のような「流されやすい凡人」は、意思の力で誘惑に勝とうとしてはいけません。
スマホも、友達も、ペットもいない「勉強するしかない環境」に身を投じること。
これが、偏差値を劇的に上げるための最初にして最大の戦略です。
【春〜初夏】「基礎」を徹底した春。4月~6月の過ごし方と、偏差値50からの再構築

序章:テクニックコレクターからの脱却
「どんな参考書を使えば偏差値が上がりますか?」 「効率の良い勉強法はありますか?」 「1日何時間やれば受かりますか?」
もし、今のあなたがこのような「魔法の杖」を探しているなら、この話は少し耳が痛いかもしれません。
なぜなら、浪人が決まったばかりの私も、まさにそういう「テクニック論」が大好きな受験生だったからです。
しかし、4月。予備校の寮に入り、私はある一つの「鉄の掟」を自分に課しました。
それは、「予備校のカリキュラムを100%やり切る」こと。
これは、私が偏差値50から横浜国立大学にトップ合格できた最大の要因であり、同時に多くの受験生が脱落していく最大の壁でもありました。
【覚悟】「スタートダッシュ」を馬鹿にするな
3月末まで遊び尽くした理由
3月末、私は地元で遊び倒しました。
高校の友人たちとカラオケに行き、ボウリングに行き、別れを惜しみました。
これは単なる現実逃避ではありません。
「ここから先は1年間、地獄を見る」という覚悟を決めるための儀式でした。
よく、「受験は長距離走だから、最初から飛ばすとバテるよ」と、したり顔で言う人がいます。
いわゆる「スタートダッシュ君」を冷笑する人たちです。
しかし、私は断言します。
「最初から頑張れない人間は、最後まで頑張れない」
4月の時点で全力を出せない人間が、夏に本気になれるわけがないし、直前期に追い込みをかけられるはずがないのです。
私は自分自身の「弱さ」を知り尽くしていました。
「明日から本気出す」という言葉を何百回繰り返してきたか。
だからこそ、4月の初日からエンジン全開で行く必要がありました。
最初の土曜日、たった一人の自習室
寮に入って最初の土曜日。
授業はありませんでしたが、私は朝から寮内の自習室に向かいました。 ドアを開けると、そこには誰もいませんでした。
まだ4月の初旬。
多くの寮生は「まだ始まったばかりだし」と部屋でくつろいだり、新しい環境に慣れるために外出したりしていました。
静まり返った自習室で、私は一人、テキストを開きました。
「今日、ここで勉強したという事実が、1年後の自分を支える」 そう信じて、私はそこから受験が終わる最後の日まで、休日も含めて一日も欠かさず自習室に通い続けました。
【実行】「予習・授業・復習」という当たり前を極める
誰でも知っている最強の勉強法
私がこの3ヶ月間(4月〜6月)でやったことは、拍子抜けするほど単純です。
予備校(私の場合は国公立コース)から与えられたカリキュラムを、完璧にこなすこと。
多くの受験生は、予備校に通っているのに、なぜか不安になって別の参考書に手を出します。
「この授業だけじゃ足りないんじゃないか」 「あの参考書の方が有名らしい」 そうやってあれこれ手を出し、結局どれも中途半端に終わる。
これが「落ちる受験生」の典型パターンです。
私は「情報の取捨選択」をプロ(予備校)に完全に委ねました。
その代わり、「実行」だけは誰にも負けないレベルで行いました。
私のルーティンはこうです。
- 予習(授業と同じ時間をかける): ただ眺めるのではなく、自分なりに解答を作る。どこが分からないかを明確にする。
- 授業(集中): 板書を写す作業ではなく、講師の思考プロセスを盗む時間。
- 即時復習(記憶の定着): 授業が終わった直後に見直す。
- 反復復習(1週間後、1ヶ月後): 人間は忘れる生き物。忘れた頃にもう一度やる。
これを繰り返すとどうなるか?
最初は時間がかかりますが、最終的にはテキスト1冊を1日足らずで高速回転できるようになります。
この「当たり前のサイクル」を、息をするようにできるまで体に叩き込むのが、春から初夏の最大のミッションでした。
【弱点】英語という宿敵との戦い
隙間時間を埋め尽くした「英単語」
もちろん、カリキュラム以外に自分の弱点補強も行いました。
私の場合、それは圧倒的に「英語」でした。
英語は「単語」が命です。
私は、授業と授業の間の10分休み、食事の待ち時間、移動時間、すべての隙間時間を英単語の暗記に充てました。
使ったのは『英語の構文150』などの基礎的な教材。
難しい長文読解に挑む前に、まずは武器(単語と構文)を揃えることに全精力を注ぎました。
【習慣】苦しいのは最初だけ。「やらないと気持ち悪い」領域へ
習慣化の魔法
4月から6月、この3ヶ月間は正直しんどかったです。
「遊びたい」「サボりたい」「今日はいいか」 そんな悪魔の囁きが何度も聞こえました。
でも、それをねじ伏せて机に向かい続けました。
すると不思議なことに、ある日を境に感覚が変わりました。
「勉強しないと、なんだか気持ち悪い」
歯磨きをしないと気持ち悪いのと同じ感覚です。
勉強が「努力」から「生活の一部」に変わった瞬間でした。
ダイエットは失敗続きの私ですが、受験勉強の習慣化だけは成功しました。
コツはたった一つ。「最初の1ヶ月、死ぬ気で継続すること」。
それさえ乗り越えれば、あとは体が勝手に動いてくれます。
【結び】基礎という名の土台
6月が終わる頃、模試の成績が劇的に上がったわけではありませんでした。
しかし、私の中には確かな手応えがありました。
「やるべきことを、全てやれている」 「自分は今、人生で一番努力している」
この自己肯定感こそが、後の「夏」の爆発的な伸びを支える土台となりました。
おじさんのワンポイントアドバイス
「方法論」で満足するな、「実行」に命を懸けろ!
ネットで最強の勉強法を検索している時間があったら、今手元にある単語帳を1ページ覚えなさい。
「何をするか(Plan)」も大事ですが、受験の合否を分けるのは99%、「それをやり切ったか(Do)」にかかっています。
今日できない人は、明日もできません。今日やり切りましょう。
【夏・天王山】1日12時間、狂ったように解いた夏。偏差値が急上昇し、8月に「横国合格」を確信した量質転化の法則

序章:「夏を制する者」の本当の意味
「夏を制する者は受験を制す」 予備校や学校で耳にタコができるほど聞かされる言葉です。
多くの受験生はこれを「夏休みに一発逆転する」と解釈しがちですが、私の実感は違います。
正しくは、こうです。
「春(4〜6月)に基礎を完璧にした者だけが、夏のアウトプットで覚醒できる」
4月から6月、来る日も来る日も基礎を叩き込んだ私にとって、この夏は「逆転」の季節ではなく、積み上げた努力が「実力」として開花する必然の季節でした。
今回は、私がどのようにして夏を過ごし、8月の段階で早々に「横浜国立大学合格」の確信を得るに至ったのか。
その具体的な戦略と生活についてお話しします。
【進化】「飛んでくる球」が変わった瞬間
インプットからアウトプットへ
私が体感した「春」と「夏」の決定的な違い。
それは野球に例えると分かりやすいかもしれません。
4月から6月までの勉強は、いわば「バッティングセンター」でした。
教科書の順番通り、カリキュラム通りに、「次はカーブが来ます」「次はストレートです」と分かっている球を打ち返す練習。これがインプット(基礎習得)の時期です。
しかし、7月に入り夏期講習が始まると、状況は一変します。
ここからは「実戦形式(ランダム)」です。
どの範囲から、どんな球種で飛んでくるか分からない。
それを瞬時に見極め、的確に打ち返す。
これがアウトプット(応用・実戦)です。
春に基礎を網羅していた私は、この「ランダムな球」に対応できるようになっていました。
「あ、これはあの公式だ」「このパターンは以前やったあれだ」 飛んでくる球種が見える。
そして打ち返せる。
この「実力が定着している実感」こそが、私の夏を支える最大のモチベーションでした。
【証明】「トップクラス」への昇格
週84時間の没入が生んだ結果
私の「基礎固め」が間違っていなかったことは、予備校のシステムが証明してくれました。
予備校にはクラス分けがあります。
当初、私は標準的な「国公立コース」に所属していましたが、6月に行われたクラス分け試験の結果、上位の「トップ国立大コース」への昇格が決まりました。
これは、まぐれではありません。
春の間、私は以下の生活を徹底していました。
- 起床: 朝7時
- 就寝: 夜24時
- 活動時間: 17時間(うち食事・移動・休憩約5時間)
- 純粋な勉強時間: 1日約12時間
週7日、休みなし。
週間勉強時間は約84時間。
これを淡々と継続した結果、私は「トップクラス」の授業についていけるだけの土台を手に入れていました。
この昇格は、私にとって「慢心」の材料ではなく、「このやり方で合っている」という「確信」の材料となりました。
【到達】夏が終わる頃、合格が見えた
現役生の倍速で進む時間
夏期講習が終わる8月末。
模試の結果や過去問の手応えから、私はある一つの事実に到達しました。
「今の実力なら、横浜国立大学に受かる」
決して大袈裟な話ではありません。
現役の高校生が部活を引退し、夏休みからようやく受験勉強を本格化させる頃、私はすでに5ヶ月間、現役生の倍以上の密度で勉強を続けてきました。
単純計算でも、現役生の1年分に相当する学習量をすでに消化しています。
「合格ライン」というゴールテープが、はっきりと視界に入りました。
「奇跡の逆転」ではなく、積み上げたロジックによる「必然の到達」。
夏が終わる頃、私は焦りや不安ではなく、静かな自信に包まれていました。
【自律】最大の敵は「自由時間」
孤独な戦いと「習慣」の勝利
順調に見えた夏ですが、唯一にして最大の敵は「リズムの維持」でした。
普段の予備校生活では、寮の仲間と一緒に起き、一緒に登校するという「集団の力」が働きます。
しかし、夏期講習は個々人でスケジュールが異なるため、完全な個人戦になります。
朝、誰も起こしてくれません。
サボろうと思えばいくらでもサボれる環境です。
ここで崩れていく受験生も多い中、私を支えたのは春に作った「習慣」でした。
「朝起きたら、まず自習室に行く」 「カリキュラム(夏期講習の予習復習)を100%こなす」
このルールが体に染み付いていたため、誰の目がなくても、私は淡々と机に向かい続けることができました。
特に苦手だった英語に時間を割き、自分のペースで弱点を潰せたのも、この自由な時間があったからです。
【結び】「勝てる」状態で秋へ
こうして私は、 「基礎が完璧に仕上がり」 「実戦問題も解けるようになり」 「志望校合格の判定も出ている」 という、受験生としては理想的な状態で夏を終えました。
ここから先は、いよいよ仕上げの秋。
おじさんのワンポイントアドバイス
「夏」は奇跡を起こす場所じゃない!
夏休みに一発逆転を狙っている君へ。
残念ながら、基礎のない人間に応用は解けません。
逆に、春に基礎を固めた人間にとって、夏は「俺、強くなってる!」と実感できる最高のボーナスタイムです。
焦る必要はありません。
まずは「今日やるべきこと」を淡々とこなす。
その「実行力」だけが、君を志望校へ連れて行ってくれます。
【秋〜直前】インプットからアウトプットへ。より実践的な段階へ進んだ秋。9月~12月

序章:アウトプット偏重期への突入
秋。受験生にとっては魔の季節です。
「夏にあれだけやったのに、点数が伸びない」 そんな焦りが多くの受験生を襲います。
私も例外ではありませんでした。
知識(インプット)は完璧なはずなのに、なぜか問題が解けない。
ミスが出る。 ここで私が気づいたのは、「インプットした知識を、試験官が求める形で取り出す(アウトプット)」技術の欠如でした。
9月から12月。私が徹底したのは、新しい知識を入れることではなく、「脳内の知識を超高速で取り出す訓練」です。
【戦略】「ノート」を捨てた男の超高速復習術
テキスト一元化の極意
この時期、私が実践していた独自の勉強法があります。
それは「ノートを使わない」こと。
情報はすべて、予備校のテキストに書き込み、「一元化」していました。
なぜか? 復習のスピードを極限まで上げるためです。
秋以降は、悠長にノートをまとめている時間などありません。
書き込みだらけのテキストをパラパラとめくるだけで、「あ、ここはこうだった」「これはあの公式」と、一瞬で記憶が蘇る状態を作る。
例えば、私の得意科目だった「倫理」。
重要な語句が赤字になっていて、赤シートで隠せるタイプのテキストを使っていました。
これをゲーム感覚で繰り返しました。
最終的には、倫理の全範囲を「半日」で総復習できるレベルに到達しました。
「どのページを開かれても、一言一句間違えずに答えられる」 この状態こそが、私が定義する「インプット完了」です。
【訓練】「知っている」と「解ける」の絶望的な乖離
マーク式試験を舐めるな
多くの受験生(特に進学校の生徒)が陥る罠があります。
「マーク式(共通テスト)なんて基礎だし、記述(二次試験)対策をしていれば自然と取れるでしょ」 という、根拠のない自信です。
断言します。それは大間違いです。
軟式テニスと硬式テニスが違うように、マーク式と記述式は「競技」が違います。
マーク式には独特のクセがあり、トリッキーな問われ方をします。
知識があっても、その競技のルールに慣れていなければ、あっさり間違えます。
私も最初は苦戦しました。
「なんでこんな簡単な問題で落とすんだ?」 答え合わせをして愕然とする日々。
しかし、ここで腐らずに「アウトプットの訓練」を積み重ねました。
魔法の杖はない。あるのは「慣れ」だけ
最初は80分フルに使っていた英語の試験。
ひたすら演習を繰り返し、形式に慣れることで、最終的には「20分」で解き終えることができるようになりました。
残りの60分は見直しに使えます。
これで落ちるはずがありません。
数学も同様です。60分の試験をⅠAなら15分、ⅡBなら30分で完答できるようになりました。
「頭が良くなった」のではありません。「競技に慣れた」のです。
【直前】正月を捨てた「1週間で10年分」の荒行
過去問は「量」でねじ伏せる
12月末。世間がクリスマスやお正月ムードに包まれる中、私は最後の追い込みをかけていました。
この1週間で行ったのが、「センター試験過去問10年分の一気解き」です。
1日1年分ではありません。
もっとハイペースで、狂ったように解きまくりました。
「過去問なんて一度解いたら意味ない」と言う人がいますが、私は同じ年度の問題も解きました。
形式を体に染み込ませるためです。
この「10年分ノック」のおかげで、私は完全に「センター試験脳」を手に入れました。
どんな変化球が来ても体が勝手に反応する。
恐怖心は消え失せ、あとは本番で「作業」をするだけの状態に仕上がりました。
【結び】勝ち確の状態で本番へ
12月31日の夜。 除夜の鐘を聞きながら、私は確信していました。
「これだけやって落ちるなら、もう仕方がない」 そう思えるほど、やるべきことは全てやり尽くしました。
そして迎えた1月。センター試験本番。
多くの受験生が緊張で顔を青ざめさせる中、私はまるで「いつもの自習室」にいるかのような落ち着きで、会場の椅子に座っていました。
そこには、奇跡を願う受験生の姿はありませんでした。
ただ淡々と、当たり前の結果を取りに来た「勝者」の姿があっただけです。
おじさんのワンポイントアドバイス
「記述対策」で満足するな、「マーク」を舐めるな!
進学校の生徒ほど「センター(共通テスト)対策なんて直前でいい」と高を括りますが、それが命取りです。
マーク模試で点数が取れないのは、頭が悪いからではなく「練習不足」なだけ。
プライドを捨てて、過去問10年分を解いてみてください。景色が変わりますよ。
【本番・合格】センター試験86%。「1万回受けても受かる」と言われた三者面談と、母の笑顔。そして伝説のフィナーレへ

序章:静寂の決戦
1月。センター試験(現・共通テスト)本番の朝。
会場に向かう私の心は、奇妙なほど凪いでいました。
年末に「1週間で10年分」の過去問を解き潰し、体が完全に「試験モード」に仕上がっていたからでしょう。
周りの受験生が参考書を必死にめくる音が、どこか遠くの世界の出来事のように聞こえました。
「やるだけのことはやった。あとはマークシートを塗るだけだ」
そんな静かな闘志と共に始まった試験。しかし、魔物はやはり潜んでいました。
【本番】「三角関数全滅」でも揺るがなかった86%
数学での痛恨のミス
自己採点の結果から言います。
私のセンター試験の正答率は、86%でした。
当時の横浜国立大学の合格者平均を遥かに上回る、文句なしのハイスコアです。
しかし、その内訳には冷や汗が出るようなミスが含まれていました。
得意だったはずの数学。
点数は200点満点中178点。
高得点に見えますが、中身はボロボロでした。
「三角関数、全滅」です。
センター数学特有の「誘導形式」。
最初の設問で計算ミスをすると、その後の問題が全てドミノ倒しのように不正解になる恐怖のシステム。
私はそこで躓き、大問一つを丸々落としました。
それでも、トータルで9割近い点数を叩き出せた理由。
それは、春から積み上げてきた「圧倒的な基礎力」があったからです。
一つの分野が壊滅しても、他でカバーできる。
これが「まぐれ」ではない、「実力」というものの正体でした。
【涙】自己採点で知った「努力の答え」
「やってみないと分からない」
試験が終わり、自分の部屋で自己採点をした時のことです。
一つまた一つと「〇」が並んでいく。
合計点が出た瞬間、私の目から自然と涙が溢れ出しました。
「あぁ、俺はこの1年間、間違っていなかったんだ」
1年前の冬、E判定を見て絶望し、親に頭を下げて寮に入ったあの日。
遊びたい欲求を殺して自習室に籠もり続けた日々。 その全てが報われた瞬間でした。
受験不要論を唱える人もいますが、私はあえて言いたい。
「何かに本気で打ち込み、結果を出す」という経験は、やってみた人間にしか分からない財産になる。
10代の私が流したその涙は、その後の人生を支える大きな自信となりました。
【栄光】「1万回受けても受かる」と言われた三者面談
判定結果:京大B、阪大A、横国A
センターリサーチ(予備校による合否判定)の結果は、壮観でした。
- 東京大学(経済系):C判定
- 京都大学(経済系):B判定
- 大阪大学(経済系):A判定
- 横浜国立大学、その他国公立大学(経済系):すべてA判定
偏差値50からスタートした私が、日本のトップ大学を視野に入れる位置まで登り詰めていました。
母の笑顔
そして迎えた、出願校を決めるための三者面談。
予備校の担任、母、そして私の3人が机を囲みました。
担任は私の成績表を見ながら、母にこう言いました。
「お母さん、これだけの点数なら京都大学を狙っても十分戦えます。B判定ですし、大阪大学ならA判定です」
そして、私が第一志望としていた横浜国立大学については、こう言い放ちました。
「横国ですか? 彼の実力なら、1万回受けても1万回受かりますよ」
その瞬間、隣に座っていた母の表情が少しだけ緩んだのを、私は見逃しませんでした。
普段、感情を表に出さない母です。 「あんたに寮なんて無理」と反対していた母です。
その母が、心底安心したように、そして少し誇らしげに微笑んでいました。
1年前、私のわがままで大金を使わせ、心配をかけ続けた。
その借りを、ほんの少しだけ返せた気がしました。
【追記】今だから言える「巨額の負担」と、現代の賢い選択
母を安心させられたことは嬉しかったですが、同時に巨額の投資をさせてしまった申し訳なさも、ずっと胸にありました。
ですが、今の受験生と親御さんは幸運です。
今は、寮に入らなくても、数百万円かけなくても、「自宅」にいながら最高峰の学習管理を受けられる時代だからです。
もし私が今、親に負担をかけずに合格を目指すなら、迷わずこのサービスを選びます。
【結び】戦わずして勝つ
伝説のフィナーレ
最終的に、私は初志貫徹で横浜国立大学 経営学部 会計情報学科に出願しました。
結果はどうなったか?
「二次試験を受けずに合格」しました。
当時の制度で、センター試験の成績が極めて優秀な場合、二次試験が免除される(あるいは合否が確定する)枠があったのです。
あれだけ対策していた記述式試験を受けることなく、私の受験戦争は「圧倒的な勝利」で幕を閉じました。
読者の皆さんへ:明日を変えるのは「実行」だけ
これで私の「逆転の国公立受験ロードマップ」は完結です。
長い話にお付き合いいただき、ありがとうございました。
最後に、これから受験に挑む、あるいは何かに挑戦しようとしているあなたへ。
プランを立てることは大事です。
テクニックを知ることも無駄ではありません。
しかし、「今日という一日を、サボらずに実行できたか」。
結局のところ、勝負を決めるのはそれだけです。
「今日できた人」だけが、「明日もできる人」になり、その積み重ねが「1年後の奇跡」を作ります。
私の物語が、あなたの背中を少しでも押すことができれば、これ以上の喜びはありません。
さあ、次はあなたの番です。
ペンを持って、机に向かいましょう。
追伸:もし私が今、タイムマシンで「受験生」に戻れたらどうするか?

最後まで私の長い「逆転劇」にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
私は1年間、予備校の寮に入り、1日12時間という暴力的な勉強量で、E判定からのトップ合格をもぎ取りました。
この経験は私の誇りです。
しかし、40代になった今、冷静な「経営者視点」で当時を振り返ると、一つの真実にたどり着きます。
「私の合格は、あまりにも『高コスト』すぎた」
高額な親の老後資金を削り、精神をすり減らしながら、手探りで戦略を立てる。
それは、あまりにリスクの高いギャンブルでした。
もし今、私が受験生に戻り、もう一度「横浜国立大学」を目指すとしたら、「東大生の脳みそ(戦略)」をお金で買います。
なぜ、横国志望なのに「東大生」に習うのか?
「横国に行きたいなら、横国の先輩に習えばいい」と思うかもしれません。
しかし、それは間違いです。
受験で「圧勝」したいなら、「自分より遥かに高い次元にいる人間」から学ばなければなりません。
東大生というのは、単に「頭が良い人たち」ではありません。
彼らは、「日本で一番、受験というゲームの『攻略法』と『効率』を知り尽くしている人たち」です。
- どの参考書を、どの順番でやれば最短か?
- 「捨てていい問題」と「絶対に落とせない問題」の見極め方は?
- メンタルが崩れた時、どう立て直せばいいか?
私が1年かけて泥臭く体得したこれらの「戦略」を、彼らは最初から体系的に持っています。
彼らの思考回路をインストールすることこそが、凡人がトップ合格するための唯一の近道なのです。
「東大オンライン」という、現代の最強ツール
私がもし今の受験生なら、間違いなく「東大オンライン」を選びます。
理由はシンプルです。
ここは単に勉強を教えるだけの塾ではありません。
元・大手予備校講師による「コンサルティング(戦略立案)」と、現役東大生による「実行支援」がセットになっているからです。
私の現役時代のように「予備校の授業を受けているだけで、成績が伸びない」という悲劇は、ここでは起きません。
なぜなら、彼らが提供するのは授業ではなく「合格までのロードマップそのもの」だからです。
親御さんへ:数百万円を節約する「賢い投資」
そして何より、コストパフォーマンスが圧倒的です。
私が親に使わせてしまった「数百万円(寮費+予備校費)」に比べれば、オンライン指導の費用など誤差のようなものです。
自宅にいながら、地方にいながら、東京の最高峰の教育を受けられる。
これを使わない手はありません。
まずは「合格への戦略」を無料で盗んでください
ここまで読んでも、「本当にうちの子に合うかしら?」「オンラインで大丈夫?」という不安はあると思います。
だからこそ、まずは「無料学習相談」だけ受けてみてください。
ここは、入会しなくてもプロが現状を分析し、「志望校合格へのロードマップ」を提案してくれます。
契約するかどうかは、話を聞いてから決めればいい。
私のように遠回りをして苦しむか。
それとも、プロのエレベーターに乗って、涼しい顔で合格を勝ち取るか。
選ぶのはあなたです。 しかし、これだけは言えます。
「動かなければ、E判定は覆らない」と。


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